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大阪高等裁判所 平成5年(く)72号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件申立ての趣意は、申立人作成の「抗告申立書」と題する書面記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、要するに、申立人は、平成五年二月一一日、広島県内の中国自動車道で制限速度を約三三キロメートル超えた速度で乗用自動車を運転したということで、光電式車両速度測定装置を使用して取締り中の警察官に検挙されたが、右速度違反の事実はなかつたとして嫌疑を否認しており、今後京都区検察庁検察官事務取扱検察事務官の取調べを受ける予定である、そして、申立人は、この道路交通法違反被疑事件について、京都簡易裁判所に対し、Aは法律知識だけでなく、速度違反取締機器についての知識があつて、特別弁護人として適格な人物であり、申立人の無実を証明するために是非とも必要であるから、Aを特別弁護人として選任することの許可を求めたところ、京都簡易裁判所は、同年六月七日、これを許可しない旨の裁判をしたが、右裁判は不当であるから、これを取消して、Aを申立人の特別弁護人として選任することを許可する旨の裁判を求める、というのである。

そこで、一件記録を調査して検討する。

申立人は、平成五年六月四日、京都簡易裁判所に対して、「特別弁護人許可申立書」を提出して、前記同旨の主張をした上、Aを申立人の特別弁護人として選任することを許可する旨の申立てをしたこと、これに対し、京都簡易裁判所の裁判官は、同年六月七日、右「特別弁護人許可申立書」の末尾空白部分に「本件申立ては許可しない。」と付記の上、記名押印していること、同年六月八日、その旨が申立人に通知されたことの各事実が認められる。

ところで、弁護人選任権は、被告人に限らず、被疑者にも認められているが、弁護士でない者を弁護人に選任する、いわゆる特別弁護人については、被疑者には認められていないと解される。すなわち、刑訴法三一条二項本文は、「簡易裁判所、家庭裁判所又は地方裁判所においては、裁判所の許可を得たときは、弁護士でない者を弁護人に選任することができる。」と規定しているのであつて、その文言からみて、簡易裁判所、家庭裁判所又は地方裁判所のいずれかに公訴が提起されて被告人の立場に置かれた者が、受訴裁判所の許可を得て、特別弁護人を選任することができるという趣旨に解するのが相当である。そもそも、刑訴法三一条二項は、簡易裁判所及び家庭裁判所と地方裁判所とで選任許可の要件を区別しているところ、被疑者段階においては、起訴されるかどうかは未確定であり、起訴されるとしても、いずれの裁判所に起訴されるかは、一部の例外を除いて、これまた確定していない。また、特別弁護人について非違行為等があつてその適格性を欠くに至るなど、その他不適当とする事由が生じた場合には、裁判所においてその選任許可を取り消すことができると解されるところ、被疑事件に関しては、通常、裁判所の目は届かない上、捜査の期間も一定せず、範囲も流動的である。このような状況下で、裁判所が、右のような職権を行使することは実際上不可能に近い。以上の諸点からみても、刑訴法三一条二項をもつて、被疑者につき特別弁護人の選任許可を与えるための根拠規定ないし手続規定とする余地はなく、あるいは、これとは別に、被疑者につき特別弁護人を認めるための手続を類推して設けることも相当でないと解すべきである。もつとも、刑訴法三九条一項が、「身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。」と規定しているが、右条項の「弁護士でない者にあつては、第三一条第二項の許可があつた後に限る。」は被告人の場合だけに関係するものと理解するのが相当である。

それゆえ、申立人による本件特別弁護人選任許可の申立ては、刑訴法上の根拠を欠くものであるから、この申立てに対して裁判所が裁判をなしたり、その裁判結果を申立人に告知する義務はないと解される。

ところで、前記のとおり、京都簡易裁判所は「本件申立ては許可しない。」と判断して、これを申立人に告知している。しかし、申立書の末尾空白部分に付記するという体裁をとつていることや、申立人の「抗告申立書」の提出に伴つて「本件抗告は不適法である」旨の意見書を添えている点を併せ考えると、被疑者に対しても特別弁護人の選任許可が可能であることを前提の上で不許可とする旨の命令ないしは決定の裁判をしたものとは解されない。むしろ、被告人の立場にはない申立人からの特別弁護人の選任許可の申立ては刑訴法上許されない旨を宣明し、念のため、これを記録上明確にし、かつ、申立人にも事実上通知するという措置をとつたに過ぎないとみるべきである。

以上のとおりであるから、京都簡易裁判所の本件措置に対し、抗告などの不服申立てをすることができないことも明らかである。

よつて、本件抗告は不適法であるから棄却を免れず、刑訴法四二六条一項により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小瀬保郎 裁判官 萩原昌三郎 裁判官 長岡哲次)

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